舞囃子「井筒」(いづつ)
世阿弥による秋の名曲。舞囃子は、能のクライマックス部分を紋付袴姿で演じる形式。幼馴染だった在原業平と紀有常の娘は歳を重ね、歌を詠み交わして夫婦となったという伊勢物語の話が題材。業平の形見を身に着けた紀有常の娘の亡霊が現れ美しく舞い、幼いころ背を比べ合った井筒(井戸)を覗き込むとそこに映ったのは業平の面影・・・
狂言「腰祈」(こしいのり)
大峯・葛城での修行を終えた山伏が故郷に帰る。迎えてくれた祖父の腰が曲がっているのを、修行で身に着けた法力で直そうと祈祷を始める。すると腰が見事に伸びていく。祖父は喜ぶが、ずっとこのままというのも困るから少し戻して欲しいと頼む。しかし今度はかがみすぎてしまう・・・
山伏が登場する狂言は、祈祷の効力が発揮されないおかしさを狙ったものが多いが、この曲では祈祷が効きすぎて困ってしまうという逆の面白さがある。
能「小鍛冶」(こかじ)
橘道成が帝の勅使として三条小鍛冶宗近の家を訪れる。帝が不思議な夢を見て、宗近に剣を打つようにとの勅命であった。しかしながら、その時宗近には相槌を打つ者がなく神仏を頼る他ないと稲荷明神に参ろうとすると、一人の少年が現れる。不思議なことに少年は事の経緯を全て知っており、かつて日本武尊(やまとたけるのみこと)が草薙の剣で夷(えびす)を退治した故事を物語ると、安心して刀を打つ準備をしておくように言って姿を消す。
装束を替える時間を埋めるべく間狂言(あいきょうげん)が登場し、前半の話を振り返る。
刀を打つ準備が整い、御剣を打つため宗近が祈祷していると、稲荷明神が狐の姿で現れて宗近の相槌を勤める。こうして打ち上げられた御剣は、表に小鍛冶宗近、裏に小狐と二つの銘が入れられ「小狐丸」と名付けられた。稲荷明神は御剣を道成に捧げ、雲に乗って稲荷の峯へと帰っていく。
刀は一人で打つことはできず、二人で向かい合って交互に打つ必要があった。今でも使われる「相槌を打つ」という言葉はこれに由来する。帝に捧げる剣を打つには自分に劣らぬ力量を持った相槌が必要となる、困った宗近のために稲荷明神が助けにくるというスペクタクルな演目。